神社の歴史

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御祭神について

伊弉册尊(いざなみのみこと)、事解之男命(ことさかのおのみこと)、速玉之男命(はやたまのおのみこと)、合わせて根本熊野三所大神と申し上げます。

御由緒

 社伝によれば、往古、神功皇后三韓より御凱陣の時、長門國豊浦より摂津國難波浦に向かわれる途中、忍熊王(おしくまのみこ)が兵を挙げたのをお知りになり、皇后自ら当地で弓矢甲冑を納めて熊野大神を斎奉しご祈念されたところ、戦には大勝し、それより後は諸々の願い事は、全て御心のままに叶いました。

 この故事により、神社背後の秀麗な峰を弓弦羽嶽(弓矢)とも六甲山(甲冑)とも言います。又、神功皇后がこの里の泉(澤の井・阪神御影駅南)に、お姿を写しになった故事によりこの里は「御影」(みかげ)となりました。

 8世紀末に、この弓弦羽ノ森(ゆづるはのもり)を神領地と定め、嘉祥2年(西暦849年)正月14日神祠を造営して改めて熊野大神をお祀りいたしました。この時、熊野那智大社の別當慶覚は「摂津國灘浦遊鶴羽之峯権現の故事当文庫に記録あり云々……」と祝文を送ったと言います。

御神徳

熊野大神の御神徳は広大無辺、全ての事に絶大なるお力をお示し下さいます。
当神社は、創設故事により「厄除開運・家内安全・諸願成就」または近年ではみちびきの御神徳により、「交通安全守護・恋愛成就」の宮として、古くより今日に至るまで広く篤く崇敬を受けております。

社殿等

年 号 西 暦 内 容
延慶 2年 (1309) 本殿を3社(内社速玉男神・左社事解男神・右社伊弉册神)に改築
永正 9年 (1512) 拝殿(東西3間半・南北2間1尺)新築
慶長12年 (1607) 本殿3社・拝殿(東西4間半・南北2間2尺 瓦葺)新築
享保15年 (1730) 拝殿大修復
寛政10年 (1798) 本殿改築  3社別殿を改め1社(3社相殿)とする
文政 6年 (1823) 拝殿(東西6間半・南北4間半 檜皮葺瓦) 新築
弘化 4年 (1847) 末社十二社(相殿)新築 現存
安政 5年 (1858) 末社松尾社 新築 現存
明治 3年 (1870) 本殿再建 現存
昭和 3年 (1928) 拝殿・中門・瑞垣再建・儀式殿新築 現存
平成 7年 (1995) 社務所・鳥居・燈籠等 倒壊 (阪神淡路大震災)
平成10年 (1998) 社務所・石鳥居 再建
※本殿・拝殿は木造の神社社殿としましては市内最大級の建物です。

指定等

対 象 名 称 指定日
社叢林(松・椋・楠・樫) 神戸市保護樹林     指定 第1号 昭和49年3月30日
祭・地車(だんじり) 神戸市登録無形民俗文化財 第1号 平成9年10月23日
椋木(むくのき) 神戸市指定天然記念物    第7号 平成15年3月26日
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